大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和47年(ワ)2131号 判決

原告

杉浦鉞江

右訴訟代理人

安藤巌

外一名

被告

明治地所株式会社

右代表者

小坂井保好

右訴訟代理人

寺沢弘

外一名

主文

一  被告は原告に対し、名古屋市千種区吹上二丁目二一三番地の鉄筋コンクリート造り六階建マンシヨンビル北東角の二階、三階及び四階の、東側に面するベランダの端の手すり計三か所に、高さ1.6メートル、巾3.55メートルのポリエステル網入ないし糸目入樹脂板あるいはこれに類するものをもつて目隠し塀を設置せよ。

二  被告は原告に対し、金一〇万二、〇〇〇円及びこれに対する昭和四七年九月二九日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告その余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決の二項は仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一まず本件ベランダ及び本件窓についての目隠し設置請求につき判断する。

(一)  原告が名古屋市千種区吹上本町三丁目二〇番地に原告土地建物を所有し、昭和一五年以降居住していること、被告が原告土地建物の西南に隣接して本件マンシヨンを建築し所有していること、本件マンシヨンと原告土地建物との位置関係が別紙図面表示のとおりであること、本件マンシヨン北東角の一階から六階までの東側には、同図面表示のとおり窓及び鍵型状のベランダが設けられており、二階から六階までの右窓である本件窓及び右ベランダの東側部分である本件ベランダが原告土地建物に面していること、右ベランダ端には、原告主張のとおり手すりが設けられていること、原告建物の間取りが別紙図面表示のとおりであつて、原告土地としての庭に面し廊下を隔てて各居室が設けられていることは、いずれも当事者間に争いがない。

(二)  〈証拠〉を総合すると、本件マンシヨンは名古屋市千種区吹上二丁目二一三番地に所在していること、被告は、本件マンシヨンを賃貸マンシヨンとして建築したものであつて、右建築工事を大井建設株式会社に請負わせ、同会社において、昭和四五年五月一日これに着工し、遅くとも同年一二月二四日完成させたこと、被告は同年一二月下旬ごろから本件マンシヨンを賃貸し、以来これに賃借人が居住していること、本件マンシヨン北東角の二階ないし六階の各戸の間取りは別紙図面表示のとおりであること、右各戸の本件ベランダ沿いの和室六畳間は、東側と南側がいずれもすりガラス戸二枚の引戸窓となつており、また本件窓は、北側和室六畳間の本件マンシヨンの外壁に設けられた縦約0.9メートル、横約1.2メートルの大きさのすリガラス戸二枚の引戸窓で、畳の上からの高さがいずれも約0.85メートルであること、本件マンシヨン北東角は、地上よりの高さが約一六メートルであり、また本件ベランダの地上よりの高さは、二階が約2.8メートル、三階が約5.3メートル、四階が約7.8メートル、五階が約10.3メートル、六階が約12.8メートルで、ほぼ各階居室の畳の上の高さと同じであること、本件ベランダは、長さが約3.6メートル、巾が約一メートルであつて、床面からひさしまでの高さが約1.75メートルあり、北側端がコンクリートの側壁となつていること、本件マンシヨン敷地と原告土地との境界は別紙図面表示のとおりであつて、同境界線上には地上からの高さ約2.2メートルの板塀が設置されていること、本件窓の、地上からの高さに各対応する右境界線を上空に垂直に立てたいわば境界面上の空間における境界線(以下「本件境界線」という。)に、最も近い点から本件境界線までの直角線距離は、少なくとも一メートル以上であること、本件ベラダは、南東角すなわちベランダの鍵型角先端が本件境界線にほとんど接しており、本件境界線と最も離れているところでも、直角線距離が0.75メートル以下であること、原告建物は木造瓦葺家屋で、原告土地としての庭に面した廊下のガラス戸は一、二階ともすべて透明ガラスとなつていること、本件窓及び本件ベランダからは、主として原告土地としての庭及び原告建物の内部を一部観望できることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(三) 以上の事実によれば、本件窓は、境界線までの距離の点において民法二三五条一項の要件を欠き、これに該当しないことは明らかであるけれども、本件ベランダは、同条項の縁側としてこれに該当するから、被告において目隠しを設置する義務がある。

被告は、民法二三五条一項にいう縁側とは、日本式木造家屋の内部に設けられ、居室の一部として利用されているものを指し、本件ベランダのように床面が外部に突き出し、洗濯物の干し場等としての効用をもつものとは、その構造、機能において根本的に異なるから、これに含まれない旨主張するけれども、本件ベランダも、縁側と同じく建物の一部に属し、居室の外側にある縁であることに変りがなく、手すりをもつて外部とも遮断され、居住者の生活上の各種用に供されているのであるから、右条項の縁側にあたることは明らかであり、右主張は採用のかぎりでない。

なお、原告は、昭和四五年一二月二九日、被告において本件ベランダに目の高さまでの目隠し塀を設置することを約定した旨主張し、〈証拠〉中にはこれを肯定する趣旨部分があるけれども、他にこれを裏付けるに足る証拠もなく、〈証拠〉と対比して措信できず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

二そこで被告の抗弁につき判断する。

(一)  被告は、本件ベランダに目隠しをつけないことについて原告の黙示的承諾があつた旨主張する。

1  〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 大井建設株式会社は、前記のように被告から本件マンシヨンの建築工事を請負い、昭和四五年五月一日、敷地の整地にかかり右建築に着手するに至つたが、右着工にあたり、同年四月下旬ごろ、近隣に菓子折を持つて挨拶回りをしたところ、これをいずれも返戻され、本件マンシヨンの建設について各種の苦情ないし要望を受けた。

他方、本件マンシヨン建設予定地の原告を近隣居住者は、同年四月ごろ右建設計画を知り、同月二八日付をもつて、被告大井建設株式会社あてに、本件マンシヨンの建築中における事故発生の未然防止と、万一事故発生の場合には全責任をとることを要望する旨の要望書と題する書面に署名押印したうえ、これを郵送した。

被告は、同年五月一日ごろ、右要望書の送付を受けたので、大井建設株式会社に善処を依頼して右近隣居住者との折衝、解決方を一任し、同会社は、これを当時の営業部次長畑村憲保に担当させることとした。

(2) 畑村は、同年四月三日ごろ、近隣居住者に集つてもらい、本件マンシヨンの設計図を見せ、整地中の敷地上に石灰で線を入れて本件マンシヨンの建設位置等を説明した。原告は、右説明会の連絡を受けたが、これに出席しなかつた。

畑村は、その後も数回にわたり、原告を含む近隣居住者との間で本件マンシヨンの建設について了解を求め、折衝を重ねた。

その結果、本件マンシヨン建設予定地の北側家屋居住者から、火災発生時の危険に備え、右建設位置を、境界線よりの距離が設計図面上0.3メートルとなつているのを0.5メートルに変更するよう要望され、また西側家屋居住者から、本件マンシヨンが建設されると、便所の汲取りができなくなると訴えられ、同家屋の便所を水洗式に改めてもらいたい旨の要望を受けた。しかし、原告からは、本件マンシヨンの建設位置等について苦情ないし要望はなかつた。

(3) 被告は、大井建設株式会社から右要望の連絡を受け、協議の末、取りあえず北側家屋居住者の要望を受け入れ、本件マンシヨンを北側境界線から0.5メートルの距離をおいて建築することとし、同年五月中旬ごろ基礎工事に着手した。

(4) ところが、その後、本件マンシヨンの建築工事中に、原告土地の庭にコンクリートの塊が落下し、板切が飛ぶなどの事故が発生した。

畑村は、右のような事故発生により、前記未解決の西側家屋居住者の要望問題とともに、右建築工事に伴う近隣居住者に対する迷惑料の支払いにつき、近隣居住者及び同人らの依頼を受けた名古屋市会議員との間で折衝を重ねた。

その結果、被告は、同年八月ごろ、西側家屋居住者の水洗式便所設置の要望を、同人らの一部費用負担のもとに受け入れ、かつ、原告ら近隣居住者一九世帯に、本件マンシヨンの建築工事中における迷惑料として一九万円を支払うこととし、右以外の個別的問題は各自において話合い、処理することとして一応の解決をみた。これに基づき、その後、被告は西側家屋の便所を水洗式に改善し、迷惑料もこれを支払つた。右迷惑料は、近隣居住者において、そのうち二万五、〇〇〇円を右市会議員に対する謝礼として支払い、残額を被害程度に応じて配分することを定め、原告は、同年九月ごろ、被害程度が二番目に大きいとして一万五、〇〇〇円を受領した。

(5) 大井建設株式会社は、右のように近隣居住者らと折衝を重ねながら、他方では本件マンシヨンの建築工事を進めていた。

ところが、原告は、右工事が進むにつれ、次第に事の重大性に気付き、前記落下物事故の発生もあつて、このまま工事が完成した場合、本件マンシヨンの居住者に原告建物内をのぞき見され、また同じく落下物による危険を懸念するに至り、同年八、九月ころ、畑村に対し本件ベランダに目隠しの設置を要求し、かつ、右要求実現のため、名古屋市建築局指導部審査課にもこれを働きかけた。当時、本件マンシヨンは、外形工事がほぼ出来上り、工事全体の約六〇パーセントが完成していた。

被告は、そのころ、大井建設株式会社から原告の右要求について連絡を受けたが、「本件マンシヨンの居住者には、のぞき見したり、物を落さないように注意する。」といつてこれを拒否し、また同会社を通じて右審査課に所属する名古屋市吏員から「適当な方法で目隠しをつけ、穏便に解決したらどうか。」との話にも確答を避け、これに応じなかつた。

(6) かくて、本件マンシヨンの建設をめぐる被告と近隣居住者間の未解決問題を最終的に処理するため、同年一二月二四日、本件マンシヨンに原告ら近隣居住者、前記市会議員と畑村、被告会社代表者らが集まり、これに名古屋市の前記審査課長らが立会いのうえ話合いがなされたが、原告の目隠し設置要求については折合いがつかなかつた。その後も被告に対して目隠しの設置を求めていたが、これに応じてもらえなかつた。

そのため、原告は、昭和四六年八月ごろ、被告を相手方として愛知中村簡易裁判所に目隠し設置請求の調停申立てをしたが、被告は、調停委員から、本件ベランダに目隠しの設置を勧告されたものの、本件マンシヨンの居住者にのぞき見しないよう注意すればその必要がないとし、あわせて火災発生時の消防及び採光面等からもこれに応じられないとし、他方、原告も、被告の費用負担のもとに、原告建物のガラス戸のガラスを不透明なものに取り替え、又はカーテンを取付けることについての被告提案を拒否し、目隠しの設置を強く求めたため、結局、右調停は昭和四七年六月ごろ不調に終つた。

右認定に反する〈証拠〉は、前掲各証拠と対比して措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

2 右認定事実に前記一の(一)の当事者間に争いのない事実をあわせ考えると、原告は、被告において本件マンシヨンを別紙図面表示のとおりの位置に建築し着工することを黙示的に承諾し、その結果、本件ベランダの東南角つまりベランダの鍵型角先端が本件境界線にほとんど接して設けられることについて、その着工を黙示的に承諾していたものと推認できるけれども、本件ベランダに目隠しをつけないことについて、原告の黙示的承諾があつたことを認めるに足りず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

よつて、被告の前記抗弁は理由がない。

(二)  また被告は、本件マンシヨンのような高層建物のベランダには目隠しをつけない習わしがある旨主張するが、本件全証拠によつてもこれを認めるに足りないから、右抗弁もまた理由がない。

(三)  次に被告は、本件ベランダの目隠し設置請求権は権利の濫用である旨主張する。

1 本件マンシヨン敷地が都市計画法の住居地域に属し、建ぺい率が六〇パーセント、容積率が二〇〇パーセント、高度制限が二〇メートルとされていることは当事者間に争いがなく、原告土地建物と本件マンシヨンとの位置関係、原告建物及び本件マンシヨン北東角二階ないし六階の各戸の間取り、本件ベランダの地上よりの高さ及び本件ベランダから原告土地建物を観望できることは、前記一の(一)(二)のとおりである。

(1) ところで、〈証拠〉によると、原告土地ないし庭の地形、距離関係は、ほぼ別紙図面表示のとおりであつて、右庭には、松その他の庭木が多数植えられ、特に、これが本件マンシヨン敷地との境界線の板塀沿いに密集し、その高いものは本件マンシヨン三階の本件ベランダ近くに達していること、しかし、本件マンシヨン二階及び三階の本件ベランダからは、格別見下ろしたり、のぞき込むまでもなく、容易に原告土地としての庭のほか、これに面した原告建物内の廊下及びこれに接する和室内の一部を観望できること、ところが、四階の本件ベランダからは、見下ろすような状態のもとで、同じく右庭、廊下のほか、廊下に接する原告建物一階の東南角和室内と二階和室内の各一部を斜め下に見ることができるものの、その視界が狭くなり、六階の本件ベランダからは、下をのぞき込むような状態のもとで、右庭と廊下の一部をほとんど真下に見ることができるものの、視界が一段と狭くなること、逆に、原告建物一階の庭に面した廊下の鍵型付近から座つたままの状態で本件マンシヨンの方を見上げると、二階から四階までの本件ベランダを見ることができ、また原告建物二階の庭に面した廊下の東側寄り付近から立つたままの状態で本件マンシヨンの方を見上げると、三階から五階までの本件ベランダを見ることができること、原告建物のうち、二階の窓は上の端が大体本件マンシヨンの三階の本件ベランダの高さと同じであることが認められる。

(2) また〈証拠〉によると、原告は、明治四三年六月一四日生れで無職であるが、原告建物の東側隣家を貸家として家賃収入で生計を立て、昭和三九年ごろから原告建物にひとり暮らしをしていること、原告は、通常、原告建物のうち、一階の庭に面した和室八畳間の隣りの和室六畳間を居間とし、玄関脇の和室八畳間を寝室、二階の和室を来客用等に各使用し、一階の東南角和室六畳間はほとんど使用していないことが認められる。

以上の事実によれば、本件ベランダから原告土地建物の観望はできるものの、本件マンシヨン五階の本件ベランダからの観望(留守のため検証不能となつたもの)は、四階の本件ベランダからのそれより更に視界の狭いものであることは推認するに十分であり、五階及び六階の本件ベランダの地上よりの高さが一〇メートル以上で、それより原告建物までの最も近い直線距離もまた約一〇メートルと認められ、原告土地としての庭の状況、原告の生活状態及び原告建物の使用状況等をあわせ考えると、少なくとも、本件マンシヨン五階及び六階の本件ベランダからは、原告の私生活が観望にさらされることは極めて少ないものと認められる。しかも、右程度の観望は、原告が、原告建物の庭に面したガラス戸のガラスを一部不透明なものに取り替え、あるいは白色レースカーテンを備え付けることによつて、庭への眺めをさほど妨げることなく、容易にこれを防止できることは経験則上明らかである。

ところが、原告は、前記二の(一)の1の(6)認定のように本件ベランダ全体に目隠しの設置を強く求めるのみであつて、相隣者として後記のような被告の立場にほとんど理解を示さず、自己の権利を強調するのみであり、このことは、本訴における和解の言動に照しても明らかである。

2 他方、被告の本件ベランダについての民法二三五条一項違反は明らかであるけれども、本件マンシヨン建築着工の経緯、特に本件ベランダを本件境界線に接して設置着工するについて、原告の黙示的承諾があつたことは前記二の(一)認定のとおりであり、本件ベランダに目隠しを設置した場合、居室の日照ないし採光、通風等が妨げられ、これによる圧迫感、不快感は推認するにかたくなく、本件マンシヨンの賃貸マンシヨンとしての価値、効用の低下は避けられないものと推認できる。

〈証拠〉によると、ポリエステル網入ないし糸目入樹脂板は、白色不透明の波状板として市販されており、これが視野を遮断し採光面に支障の少ないことが認められるが、たとえこれを本件ベランダの目隠しに用いたとしても、これによる被害は、多少の差があつても前同様避けられないものと認められる。

もつとも、本件ベランダは鍵型状ベランダの東側部分であるから、これに目隠しを設置した場合、東側からの日照、通風等が妨げられることがあつても、別紙図面表示のような本件マンシヨンの構造上、南側からのそれは充分でないとしてもこれが確保されていることは検証の結果によつて明らかである。

ところが、被告は、前記一の(二)認定のとおり本件ベランダに接するガラス戸のガラスを不透明なものを使用し、一応原告土地建物に対する屋内からの観望を遮断するための配慮を示しているものの、本件ベランダの目隠し設置については、前記二の(一)1認定のように本件マンシヨンの居住者がのぞき見をしない以上、その必要がないとの見解のもとに、これを主たる理由にして拒否し、あたかも民法二三五条一項を無視するような態度に終始していることは、本訴における和解の言動からも明らかである。

3 以上のような諸事情、特に本件ベランダよりの観望程度から、これに目隠しをつけた場合の原告と被告との利益の不均衡、本件ベランダの設置着工についての原告の黙示的承諾に、民法二三五条一項が相隣接する不動産相互の利用関係を調整するものとして、これに基づく目隠し設置義務を、窓又は縁側から境界線までの直角線距離が一メートル未満の場合に課し、これが一メートル以上の場合には不問に付していることをあわせ考えると、原告の目隠し設置請求は、少なくとも本件マンシヨン五階及び六階の本件ベランダについては権利の濫用として許されないものと認めるのが相当である。しかし、本件マンシヨン二階、三階及び四階の本件ベランダについての目隠し設置請求については、右諸事情のもとでは直ちにこれを権利の濫用と断定することは困難である。

よつて、被告の前記抗弁は右認定の程度で理由があるが、その余は理由がない。

三次に本件マンシヨンによる損害賠償請求につき判断する。

(一) 被告が昭和四五年一二月下旬ごろから本件マンシヨンを賃貸し、以来、これに賃借人が居住していること、本件ベランダに目隠しの設置がないため、これに隣接する原告土地建物内における原告の私生活が観望できること、本件マンシヨン二階、三階及び四階の本件ベランダが民法二三五条一項に違反し、被告において目隠し設置の義務があること、原告の生活状況及び本件マンシヨン建築と目隠し設置をめぐる紛争の経緯等は前記一の(二)、二の(一)、(三)認定のとおりであるから、原告が昭和四五年一二月下旬ごろから本件マンシヨンの居住者に私生活をたえずのぞき見され、のぞき見されているのではないかとの不快感を抱くに至つていることは推認するに十分であり、被告において、右目隠し設置の義務を怠つている以上、原告の被つている右不快感を慰藉すべきである。

右慰藉料は、右諸事情一切を考慮し、一〇万二、〇〇円(昭和四五年一二月下旬ごろから昭和五四年六月二二日の本件口頭弁論終結時まで一か月一、〇〇〇円の割合)をもつて相当と認める。

(二)  次に原告は、本件マンシヨンによる日照、通風、落下物、騒音等の生活侵害を受けている旨主張する。

1 まず日照侵害の点については、〈証拠〉によると、本件マンシヨン建築前は、原告土地建物の日当りはよかつたが、右建築後は、春分又は秋分の日で、午前中は日当りがあるものの、午後になると本件マンシヨンのため日影となつて、原告建物の一階と二階に多少の差はあつても、午後一時ごろから日が当らなくなるけれども、その後も夕方には一時日がさすことが認められ、本件マンシヨン敷地が住居地域に属し、建ぺい率、容積率、高度制限が被告主張のとおりであることは前記二の(三)1のとおりである。しかし、〈証拠〉によると、名古屋市建築主事は昭和四五年一二月二五日付をもつて、本件マンシヨンについて建築基準法七条三項による検査済証を被告あてに交付していることが認められ、また本件マンシヨンの建設位置について原告の黙示的承諾があつたことも前記二の(一)認定のとおりであるから、右のような日照時間からすれば、これをもつて社会生活上受忍すべき限度をこえるものと認められるに足りず、被告に不法行為としての責任を認めるに足りない。

2  次に通風侵害の点については、〈証拠〉によると、本件マンシヨン完成後、これとその北側の別紙図面表示の三階建マンシヨンとの間を通り抜ける北西の風が、原告土地建物に強く吹きつけるようなつたことは認められるが、同尋問の結果中、そのため、原告土地の庭木が二本枯れるなどの損傷を受けた旨の供述部分はたやすく信用できず、前同様これを社会生活上受忍すべき限度をこえる違法行為と認めるに足りない。

3 また落下物侵害の点については、〈証拠〉を総合すると、本件マンシヨン完成後、その賃借人である居住者が、本件ベランダに接する境界線付近の原告土地としての庭内に、あやまつて布団、竹さお等を落下させ、またたばこの吸いがら等を投げ捨てたことがあつたことが認められるが、右〈証拠〉中、これらが、被告において右居住者をそそのかしていることによるものと思う旨の供述部分は、〈証拠〉と対比しても措信できず、また本件ベランダを本件境界線に接して設置し着工するについて、原告の黙示的承諾があつたことも前記二の(一)認定のとおりであるから、右事実をもつて、被告に不法行為の責任を認めるに由ないものといわなければならない。

4  また騒音侵害の点については、〈証拠〉を総合すると、昭和四七年九月五日当時、本件マンシヨンの二階及び三階の本件ベランダに、その賃借人である居住者が据え付けていた各クーラーの騒音レベルが、同日午後五時四〇分現在原告建物寄りの庭の位置で四九ないし五一ホーンであつたこと、また昭和四九年九月一二日当時、本件マンシヨン二階の本件ベランダに同じく居住者が据え付けていたクーラーの騒音レベルが、同日午前一時現在ほぼ前同位置付近で四〇ないし四三ホンであつたこと、原告が昭和四六年ごろ高血圧、動脈硬化症で倒れ、昭和四八年三月二〇日現在、右症状のため治療を受けていたことが認められるけれども、右騒音をもつて社会生活上受忍限度をこえるものとは認めるに足りず、〈証拠〉中、右病気が本件マンシヨンにおけるクーラー等の生活騒音による睡眠不足が原因である旨の供述部分は措信できず、またこれが原告主張のように本件マンシヨンによる各種生活侵害に基因することを認めるに足る証拠もない。

5  他に、原告主張の前記生活侵害ないし被告の不法行為責任を認めるに足る証拠はない。

四以上のとおりであるから、被告は原告に対し、本件マンシヨン二階、三階及び四階の本件ベランダ端の手すり計三か所に目隠し塀(本件ベランダの長さ、床面よりひさしまでの高さ等を考慮すると、原告主張のとおりの大きさのポリエステル網入ないし糸目入樹脂板、あるいはこれに類するものを用いるのが相当である。)を設置し、かつ、不法行為に基づく損害賠償として一〇万二、〇〇〇円及びこれに対する不法行為後の昭和四七年九月二九日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて、原告の被告に対する本訴請求は、右認定の限度で正当であるからこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却し訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(角田清)

別紙図面〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例